医療法人のM&Aにはどのような方法がありますか?
医療法人は株式会社のように、事業譲渡、合併、分割等をすることができます。ただし、医療法に基づく特別の制約がある点に注意が必要です。なお、医療法人ではない個人経営のクリニックがM&Aをする場合には、個人間の事業譲渡となります。
1.医療法人のM&A動向
(1)医療法人における後継者不在の問題
医療法人のM&Aの多くは、後継者不在の打開策として行われるといわれています。医療法上、医療法人の理事長は医師又は歯科医師でなければなりません。後継者として考えられるのは理事長の子どもや親族ですが、医歯学部への進学自体がそれなりに難関であることや希望する進路の食い違いなどにより、理事長の親族が必ずしも医師又は歯科医師の資格を取得するとは限りません。また、理事長の親族が医師又は歯科医師となったとしてもクリニックを継ぐことを希望するかはわかりません。かといって、外部から医師や歯科医師を招聘したとしても首尾よく後継者として育成できない可能性も十分にあります。
このように、医療法人の後継者については医師又は歯科医師の資格を有する者でなければならないというハードルがあるため、事業会社などと比較すると後継者の不在が発生しやすいといえます。
後継者が不在である場合には廃業も検討されるところですが、医療法人は多くの場合に地域の医療を支える不可欠の存在となっており簡単に廃業することも難しいのが実情です。このとき医療法人を存続させるための選択肢となり得るのが他の医療法人に対して経営権を譲渡すること、すなわち医療法人のM&Aです。
買い手側の医療法人にとっては、M&Aで他の医療法人を取得することにより他の地域への進出の足掛かりにしたり、自身のクリニックにはない診療科を得ることでより収益性を高めるなどのメリットがあります。
(2)医療法人のM&A事例
医療法人のM&A事例として公表されているものは比較的規模の大きいものです。
一例として、日本郵便株式会社が平成29年(2017年)4月1日付で、横浜逓信病院を社会福祉法人恩賜財団済生会へ事業譲渡したケースがあります。日本郵便は旧郵政省時代から職員を対象として全国に逓信病院を開設していましたが、民営化後に逓信病院事業の赤字が問題となり全国の逓信病院を順次売却しました。横浜逓信病院の事業譲渡はこの一環として行われたものです。
このほか、JA埼玉県厚生連が運営する熊谷総合病院のM&Aも比較的規模の大きなものでした。JA埼玉県厚生連はもともと、地域医療の中心的存在であった熊谷総合病院と幸手総合病院を運営していました。もっとも、設備投資や医師の採用難などが原因で平成28年(2016年)に破産手続に至っています。このJA埼玉県厚生連の破産手続に伴い、傘下の熊谷総合病院と幸手総合病院は外部の医療法人である社会医療法人北斗に事業譲渡されました。
事業譲渡を受けた社会医療法人北斗は、熊谷総合病院が有している診療科と自身がもともと有している診療科の相乗効果を期待して事業譲渡を受けたとされています。
以上のように規模の大きい医療法人はそもそも理事長個人が経営しているものではないため、M&Aの理由は後継者の不足というより業績悪化に端を発していることが多いといえます。ただ、公表されない事例として水面下で発生している医療法人のM&Aにおいては、後継者不足を理由とした中小の医療法人間の事業譲渡等が相当数存在していると考えられています。
2.医療法人のM&Aの手法
(1)医療法人の合併
医療法人の合併は、医療法に定められている医療法人の組織再編方法の一つです。具体的には、医療法人の有する財産を包括的に他の医療法人に移転するとともに、医療法人の最高意思決定機関の一員である社員もまた移転先の医療法人の社員となるものです。
医療法人の合併においては、吸収合併と新設合併の2種類があります。吸収合併とは、移転先が既に設立されている医療法人である場合をいい、新設合併とは、合併の完了と同時に移転先となる新たな医療法人が設立される場合をいいます。
かつては、医療法人の合併は医療法人社団どうし又は医療法人財団どうしといった同じ類型の医療法人の間でのみ可能であり、医療法人社団と医療法人財団といった類型が異なる医療法人の間では合併ができないとされていました。
しかし、平成26年(2014年)10月1日施行の医療法改正後は異なる類型の医療法人の間でも合併が可能となっています。なお、医療法人の合併にあたっては都道府県知事の認可を受ける必要があります。この認可手続があるため、医療法人の合併は事業会社の合併と比べて手間と時間がかかる点に注意が必要です。
(2)医療法人の分割
医療法人の分割とは、既存の医療法人の有する財産等の一部を他の医療法人や新設する医療法人に移転させることをいいます。分割の種類には、吸収分割と新設分割の2種類があります。吸収分割とは、財産等の移転先となる医療法人が既に設立されている医療法人である場合をいい、新設分割とは、財産等の移転先が分割手続の完了と同時に新設される医療法人である場合をいいます。
医療法人の分割はもともと認められていませんでしたが、平成28年(2016年)9月1日施行の医療法により制度として新設されました。分割が認められていない時代は、財産の一部を他の医療法人に移転させる場合には事業譲渡が利用されていました。しかし、事業譲渡は後述するように事業譲渡の対象となるクリニックの事業について個別に廃止手続や新規開設許可が必要となるなど煩雑な面がありました。このため、一括して財産等の一部を移転することのできる分割の制度が導入されたのです。
分割の対象となるのは持分のない医療法人社団のみとなっています。また、税制上の優遇措置のある社会医療法人と特定医療法人は分割の対象外となっています。なお、医療法人の分割にあたっては合併と同様に都道府県知事の認可を受ける必要があります。
(3)医療法人の事業譲渡
医療法人の事業譲渡とは、医療法人の保有する財産や権利を個別に他の医療法人に譲渡するものです。合併や分割が包括的な財産の移転であるのに対し、事業譲渡は個別の移転であることから、譲渡する対象を自由に選択できる反面、譲渡の対象となるものについて債権者等から個別に承諾を取得したり、廃止手続や新規開設許可を取得する必要があるなど手続上の煩雑さがあります。
(4)医療法人の持分譲渡
医療法人社団のうち持分の定めのある医療法人については、出資者である社員の持分を譲渡する手法によるM&Aが可能でした。しかし、現在では持分の定めのある医療法人社団の新設はできないことになっていますので、今後は医療法人の持分譲渡は減少していくでしょう。
3.医療法人のM&Aを行う際の注意点
医療法人のM&Aにおいて重要となるのは、譲渡金額と病院スタッフの雇用継続です。医療法人の場合には上場企業などと異なり譲渡価額の算定に個別性があります。また、売り手側の医療法人としては病院に思い入れもあり簡単に譲渡価額の折り合いが付かないことが比較的多いといわれています。
したがって、譲渡価額を算定する際には貸借対照表や損益計算表など客観的資料に基づきどの程度の譲渡価額が妥当であるかの目安を理解しておくことが重要となります。譲渡価額の算定は、M&Aの仲介会社が試算することもありますが仲介会社が必ずしも一方当事者の味方とは限らないことは念頭に置いておくべきです。したがって、医療法人のM&Aを行う際には、自ら依頼した公認会計士や税理士などへも相談するべきです。
また、医療法人においては病院スタッフとして稼働している医師や看護師などの人材が重要な財産といえます。スタッフがM&Aを機に大量退職するようなことになれば経営自体がすぐに立ち行かなくなります。したがって、雇用の継続や雇用条件の維持については売り手側だけでなく買い手側としても十分に考慮する必要があります。
なお、M&Aを行う際には買い手と売り手の双方が相手の事業等の精査(いわゆるデューデリジェンス)を行うことにより、M&Aに伴うトラブルを未然に防ぐ必要があります。この精査をより確実に行うためには、公認会計士や税理士など財務面の専門家だけでなく弁護士など法務面の専門家の立ち合いも必要となります。また、最終的にM&Aに関して契約を交わす際には、事後的なトラブルを回避するために必ず自らの依頼した弁護士に契約書を確認してもらうことが大切です。
4.おわりに
医療法人におけるM&Aの手法は株式会社などのM&Aと基本的には類似していますが、医療法に基づく特別な制約があるなど医療法人特有の問題もあります。したがって、医療法人でM&Aを検討する際には法務面や税務面に関して、事前に専門家に相談することが特に重要となります。